相続人に認知症の人がいたら?遺産分割協議が進まないときの道筋

相続人に認知症の人がいたら?遺産分割協議が進まないときの道筋

父が亡くなり、残された母に認知症が進んでいる。あるいは、兄に判断能力の問題がある。遺産分割協議は相続人全員の合意が必要なので、このとき手続きが止まります。母の名前を書いて実印を押せば済む、とはいきません。進め方と、その先に続くものを整理します。

目次

結論。判断能力を欠いた状態でした協議は無効です

民法3条の2は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とすると定めています。

遺産分割協議も法律行為です。判断能力を欠いた状態の人を加えて作った遺産分割協議書は、後から無効と判断される可能性があります。銀行や法務局の窓口で止まることもあれば、何年も経ってから別の相続人に指摘されることもあります。

さらに、すでに後見開始の審判を受けている人の法律行為は、日用品の購入など日常生活に関する行為を除いて取り消すことができます(民法9条)。

「体調のいい日に書いてもらう」という進め方は、この2つの条文の前では危うい橋です。

進める道は成年後見。ただし、始めると終わりません

判断能力が欠けているのが通常の状態であれば、家庭裁判所に後見開始を申し立てます。選ばれた成年後見人が、本人に代わって協議に加わります。

相続人に判断能力が不十分な人がいるときの手続きの流れを示した図

申し立てられるのは本人、配偶者、四親等内の親族、市区町村長などです。申立先は本人の住所地の家庭裁判所。費用は申立手数料として収入印紙800円分と、登記手数料として収入印紙2,600円分、それに連絡用の郵便料がかかります。郵便料は裁判所ごとに違います。本人の精神の状況について鑑定が必要と判断された場合は、その費用も負担することがあります。申立てから審判まで、おおむね1か月から2か月程度と案内されています。

ここで、裁判所が明記している一文を引いておきます。後見等が開始されると、申立てのきっかけとなったこと(例えば預貯金の解約、遺産分割、保険金の受取等)が解決した後も、本人の能力が回復されるか本人が亡くなるまで手続は続き、家族の意思や本人の希望でやめることはできない、と書かれています。

遺産分割のために始めた後見が、その後ずっと続きます。後見人や監督人への報酬は家庭裁判所が決定し、本人の財産から支払われます。専門職が選ばれた場合、その支払いは本人が亡くなるまで続くことになります。

ほかに知っておきたい点が3つあります。

  • 申立書を提出した後は、家庭裁判所の許可を得なければ取り下げられない
  • 候補者として書いた人が必ず選ばれるわけではなく、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることもある
  • 希望した人が選ばれなかったことを理由に、不服を申し立てることはできない

誰が後見人になるのかは、数字で見るとまた印象が変わります。

自分が後見人になれても、今度は利益相反になります

よくある形が、母に後見が必要になり、長女である自分が後見人になるというものです。ところがここで別の壁が出てきます。

民法860条は、利益相反行為に関する826条の規定を後見人について準用すると定めています。母も自分も相続人である遺産分割では、母の取り分が増えれば自分の取り分が減るので、利益が相反します。この場合、後見人は本人のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければなりません。

ただし後見監督人がいる場合は、特別代理人は不要です。民法851条4号が、後見人と被後見人の利益が相反する行為について被後見人を代表することを、後見監督人の職務として挙げているからです。

つまり協議の席には、母の代理として、自分ではない誰かが座ります。後見人は本人の財産を管理し、その財産に関する法律行為について本人を代表する立場です(民法859条)。母の取り分を減らして子に多く配分する、という形の合意がそのまま通るとは限りません。実家の分け方を考えるうえでも、ここは効いてきます。

元気なうちにできることが、いちばん効きます

ここまでを読むと重い話に見えますが、手前でできることがあります。

ひとつは遺言書です。遺言で分け方が決まっていれば、遺産分割協議そのものが不要になる場合があります。相続人の誰かに判断能力の不安がある家ほど、遺言の価値は上がります。

もうひとつは任意後見です。本人の判断能力が十分なうちに契約を結んでおき、必要になったときに家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで効力が生じます。誰に任せるかを本人が選べる点が、法定後見との違いです。元気なうちにしか選べません。

そして、親が認知症になったときの預金の記事でも書いたとおり、備えは早いほど選択肢が多くなります。

なお、判断能力が「欠けている」のか「著しく不十分」なのか「不十分」なのかで、後見・保佐・補助と手続きが分かれます。どれに当たるかは医師の診断にもとづいて家庭裁判所が判断します。見立てに迷う段階で、まず地域包括支援センターや弁護士、司法書士に相談してください。

わが家の場合

編集部の一人の母は、今のところ一人暮らしができています。ただ同じことを二度聞かれる場面は、少しずつ増えました。

父を見送ったときは、母の判断能力に不安がなかったので協議はすんなり済みました。もしあのとき母に後見が必要だったら、と考えると背筋が寒くなります。遺産分割のためだけに始めた手続きが、母の残りの人生のあいだずっと続いていたことになります。

妹とは、母に遺言を書いてもらう話をそろそろしようと話しています。切り出し方が難しいのは相変わらずですが、順番としてはこちらが先だと分かりました。

NEXT STEP

今日やることは、これだけ

  • 相続人になる人の中に、判断能力が気になる人がいないか書き出してみる
  • 気になる人がいる場合、かかりつけ医に相談できる状態かを確認する
  • 母(父)に遺言を書いてもらう話を、兄弟姉妹の誰かと一度してみる

出典

  • 裁判所「成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ」 https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp00/koukenp1/index.html
  • 裁判所「後見開始」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_01/index.html
  • e-Gov法令検索「民法」(3条の2・9条・826条・851条・859条・860条) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

中心メンバーは、数年前に父を見送った40代の会社員。デジタル遺品や実家の整理で「準備しておけばよかった」と痛感した経験から、同じ立場の方に向けて、親の「もしも」に少しずつ備えるための情報を集めて記事にしています。

目次